暑中見舞いと対人害

昨今騒がれている「老害」であるが、某社の社長さんの息子さんが工場を跡継ぎになったものの、「思いついた様に言葉を発する」「指摘や苦言を言うと烈火の如く怒る」「朝令暮改になっている」との話があった。

その当該工場の職場を辞めた方の話では、人格形成の障害や、注意多動欠陥障害(ADHD)ではないかと疑いを持ち、ネット等で調べ、「(障害動向が)全てあてはまる」として退職をした。

根本的に改善策はあるのか?という事であるが、一番最初は「イライラが激しい場合やつい継続的に怒鳴ってしまう人は精神科で受診をし、まず怒る、怒るということは体力を奪い、精神的に病気になってしまうという事である。」

前に、同様の「朝令暮改」等の上司の上司に苦情を申し立てた事があったが、

実際に自分も上司の上司に苦情を申し立てたときには、上司も私もヘロヘロに疲れてしまった、その仲間の上司が腕を組んで「俺が聞いてやるよ」と言われた時には、「第三者を通しましたので」と一言行って帰宅した。

その後その上司は別のセクションに降格になってしまった。

物忘れが酷ければ私はメモ帳に書く、そしてやることをチェックリストにして終わったら印を入れていく、メモ帳やチェックリストを観るということは恥ではない、逆に評価される事だと説得を試みた事がある。

戦前から米軍の空軍などではチェックリストが使われ、旧日本軍のパイロットが「なるほど」と評価したことがあったくらいである。実は戦闘機の脚を出し忘れるというのは帝国軍人として恥ずかしい。。と指導されていたそうで、ベトナム戦争でM-16の手入れも漫画になっていたりと、米国では「トークンチェックリスト」というシステムを早くから導入している。

確かに「俺達は懸命に働いてきたのだから、若い人間は情けない」と収束させたい原因はマスメディアにあると思う。「ご老体の皆さんは死ぬまでのチェックリストはおわりましたか?」と一言苦言を呈する事はある。

結論を言えば、実は周りが観ているので「情けない」と勝手に言わせて置けば良いのである。周りは離れるのである。

ある時、偶然同い年の老人が片方は駐車場で働いていたが、片方は自警団のような気分で街で過剰な注意をする、駐車場の老人が「あーいう人も居ますから、ここにおります。」という話は、流石に未来への自分の警鐘だと思った。

自分も決して何時も冷静ではない、「叱っても仕方が無い」と考えて放置してしまうこともある。「あの時は、さっきまで言い過ぎた」と言うこともあるが、それなりにエネルギーを使うので、相手からの適切な質問がその後に在らば答える事はある。

だが、いくら老人や若い人でも、繰返し答えを求められた場合答えたく無い時は「先程申し上げた通りでございますので、他の方にお聞きください」と流す。

暑い日々を過ごしていると、冬に「今年は暑かったから、ついイライラしてしまい」とたくさんの言い訳を聞く事に成るのは心痛である。完全に冷静を保つのは無理であっても、自分の言った事や手紙や文章を必ず一度読み返せと指導されたのは大学の教官だった。また、失敗をしてもそこから立ち上がる事だと本郷で指導された。

病状が在ったとしても「正確な治療に取り組む」という姿は評価されると思う。

今年も暑中見舞いを出すが、良い人が去ってしまうと胸が痛み、イライラを改善する薬が薬局で販売されれば、品証管理や工数管理によって改善策を模索する余裕を薬品によって創り出すほか無いのかと、残念に思う。